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2年半経っても [災害]

1週間前行って来た山古志。
山古志村は、R17号線長岡からかなり山奥に入ります。

中越地震から2年半経ちました。
この山古志は、牛の角つきや錦鯉の里で昔から有名です。

復興したと言っても、まだまだその傷跡が深く、胸の張り裂けるような光景をみてきました。

つながる道路は出来ていても、崩れた山々の肌はむき出しのまま、崩れ防止はしてあるものの、草木の生えていない光景は、地震の凄さを物語っております。

山古志村の全体図
(今は、合併をして長岡市になりました。)




山が崩れて地肌が出ています。




草も木も生えてなく、こんなところが、至る所に!




土砂が崩れ落ち、芋川を堰き止め湖が出来ました。
その湖の泥の中の家。





この家は新築で、震災に遭いました。
今は、近づくことすら出来ません。





↑この家の裏は田んぼだったそうです。
土砂に埋まってしまい、昔の面影は無いそうです。




1階が泥に埋もれて2階が出て、今も生々しい光景が残されています。




青いシートが見えるのは、当時屋根を直してまた住む予定で、雨が入らないように。




持ち主たちは、ここを通るたびにどんな気持ちで見ているのでしょう。
2年半たった今も、手つかずの光景です。




この家は、完全に倒壊した家で、屋根だけが見えます。




道路は出来た、橋は架かった、とは言え、田畑は泥まみれ、ここに戻りたい人たちは、今後どうなるのでしょ!




山の上の方にも家々が見えます。
側まで行っていませんから分かりませんが、今は空屋と思います。
裏山が崩れていますし、また インフラ整備が整っていませんから、暮らせないと思います。

冬はとても雪深いところで、数メートルの雪に埋もれます。
そんな真冬に地震が起きたら、どうなっていたのだろう!!

幸いにも雪の降る前だった。
それが良いとは言えませんが、救済ができて良かった、と思っております。

地震国、日本は、いつ自分の身に災害が降り掛かってくるか分かりません。
個人的に、「何らかの準備をしておくべき、」と考えさせられた日でした。

(私がここを訪れたときに、丁度通りかかった人が、ここへ案内をしてくれました。
旧山古志村は山の中に広がっていて、道が分からなかったのです。
案内をしてくださった人も、この日友達の家へ遊びに来ていて、地震に遭ったそうです。
写真に載っている家のことを説明してくださいました。
この日、出会った人、有り難うございました。)


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